建設業界の専門誌で10年間記者をやり、その後フリーランスのビジネスライターとして独立した森岡隆志です。これまで業種を問わず多くの経営者を取材してきましたが、「二代目」と呼ばれる経営者たちの話には、創業者とはまた違った重みがあります。
帝国データバンクの調査によれば、2025年時点で日本企業の後継者不在率は50.1%。およそ半数の会社が後継者を見つけられていません。一方で、先代から事業を引き継ぎ、会社を大きく成長させている経営者も確実にいる。彼らは何を考え、何を実践しているのか。
この記事では、二代目経営者が直面する壁と、それを乗り越えて会社を伸ばすための実践法を、実際の成功事例とともに掘り下げていきます。
二代目経営者を取り巻く現状
日本企業の約半数が後継者不在
帝国データバンクの「全国『後継者不在率』動向調査(2025年)」のデータを見ると、後継者不在率は7年連続で改善傾向にあるものの、依然として50%を超えています。
さらに深刻なのは「後継者難倒産」の増加です。東京商工リサーチの調査では、2025年1〜9月の後継者難倒産は332件で過去2番目の高水準。原因の84.6%は代表者の「死亡」か「体調不良」でした。つまり、事業承継の準備ができないまま会社が行き詰まるケースが増えているということです。
こうした状況の中で、内部昇格による承継が同族承継を初めて上回る見込みとなり、「脱ファミリー」の流れも加速しています。それでも、あえて親族承継を選び、会社をさらに成長させている経営者の取り組みには学ぶべきものが多い。
「二代目は楽をしている」という誤解
取材の現場で耳にするのが、「二代目は出来上がった会社を引き継いでいるだけ」という声です。社員からは「社長の息子だから社長になった人」、取引先からは「先代のほうが頼りになった」。そんな無言の評価が、二代目の肩にはのしかかっています。
実態はまるで違います。ゼロから会社を作った創業者はある意味で自由ですが、二代目にはすでに出来上がった組織文化、固定化した人間関係、先代との比較という三重の制約がある。その中で成果を出さなければならないのだから、むしろ創業より難しい局面も少なくありません。
二代目経営者が直面する3つの壁
壁1:古参社員との信頼関係をどう築くか
先代時代から会社を支えてきたベテラン社員にとって、「若社長」の指示を受け入れるのは簡単ではありません。口には出さなくても「お手並み拝見」という空気が社内に流れる。ここでつまずく二代目は多い。
星野リゾートの星野佳路氏は、1991年に4代目として家業を引き継いだ際、創業家一族の公私混同にメスを入れたことで逆に一族から追放されるという壮絶な経験をしています。約2年間会社を離れた後に復帰しましたが、古参社員からの猛反発は収まらず、信頼を勝ち取るまでに10年以上を費やしたといいます。
この壁を越えるのに近道は存在しません。ただ、成功した二代目に共通しているのは「正しさを押し通す前に、まず相手の仕事を理解しようとした」という姿勢です。自分の改革プランを語る前に、現場がどう回っているのかを自分の目で見る。古参社員のこだわりにも理由がある。それを理解した上で変えるべきものを変えていく。順番を間違えると、正しいことをしていても組織は動きません。
壁2:先代の経営スタイルとどう向き合うか
先代のやり方を踏襲するのか、変えるのか。二代目経営者にとって、これは就任直後から突きつけられる難問です。
ジャパネットホールディングスの高田旭人氏は、2015年に創業者・高田明氏から社長を承継した後、大胆な方針転換を実行しました。父のカリスマ的なテレビ出演を軸にした経営から、自らは裏方に徹する「組織型経営」へシフト。商品数を8,000点超からわずか約600点に絞り込み、社員が自律的に考える仕組みづくりに注力しています。その結果、就任後に過去最高売上を更新。先代とまったく異なるスタイルで成功を収めた稀有な例です。
逆に、先代の路線を土台にしつつ、事業規模を拡大させた経営者もいます。大切なのは「何を残し、何を変えるか」の判断基準を持つこと。全部変えるのも全部残すのも、どちらも失敗につながりやすい。
壁3:自分だけの経営軸を見つける難しさ
先代と同じことをしていれば「劣化コピー」と見なされ、何もかも変えれば「会社を壊す人」と批判される。この板挟みの中で、自分なりの経営軸を確立できるかどうか。ここが二代目経営者の分岐点です。
経営軸が定まるまでに時間がかかるのは自然なこと。むしろ、就任直後に大きなビジョンを掲げるよりも、最初の数年は現場を回り、数字を把握し、社員の声を聞くことに徹した経営者のほうが、結果的にうまくいっている。焦って「自分らしさ」を演出しようとすると、空回りする。
会社を伸ばした二代目経営者に共通する実践
実際に会社を大きく成長させた二代目経営者の動きを見ていくと、いくつかの共通パターンが浮かび上がります。
現場に足を運び続ける
成功した二代目に共通するのは、経営者になっても現場を離れないこと。特に、先代がカリスマ型で社員との距離が近かった場合、後継者が「会議室にこもる社長」になると一気に求心力を失います。
太平エンジニアリングの後藤悟志氏は、「お客様第一主義」「現場第一主義」を経営の根幹に据えています。空調設備や給排水衛生設備の設計施工から保守管理までを手がける同社を、先代から引き継いで連結売上高838億円(2025年3月期)の太平グループに育て上げた人物です。
後藤氏がもともと太平エンジニアリングに入社したのは、前職のニッカウヰスキーで営業トップの実績を残していた30歳のとき。父親の体調不良がきっかけでした。入社後はメンテナンス本部長、取締役、常務、専務とステップを踏み、入社9年目で代表取締役社長に就任。現場の仕事を自分の手で経験してから経営のトップに立ったことが、現場第一主義の説得力につながっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入社前の経歴 | ニッカウヰスキーで営業成績トップ |
| 太平エンジニアリング入社 | 1987年(30歳) |
| 代表取締役社長就任 | 1996年(入社9年目) |
| グループ連結売上高 | 838億円(2025年3月期) |
| グループ会社数 | 20社以上(国内外) |
| 海外拠点 | シンガポール・ミャンマー・ベトナム |
M&Aや新規領域で「自分の時代」をつくる
先代が築いた事業基盤の上に、自分ならではの成長エンジンを乗せる。これは多くの成功例に見られるパターンです。
後藤悟志氏の場合、社長就任後にM&A戦略を積極的に展開しています。2004年の山吹ビルサービスを皮切りに、協栄空調、大晃エンジニヤリング、徳壽工業など設備管理関連の企業を次々と買収。2012年以降はシンガポール、ミャンマー、ベトナムに現地法人を設立し、海外市場にも進出しました。
「1を10へと拡大させることは得意」と自ら語る同氏ですが、この言葉の裏には、創業者がゼロから作った事業を引き継ぐ立場だからこその自己認識がある。ゼロイチではなく、既存の強みを活かした拡大こそが自分の役割だという割り切りが、成長戦略の一貫性につながっています。
ジャパネットの高田旭人氏も、テレビ通販中心のビジネスモデルからオムニチャネル化への転換という「自分の戦略」で過去最高売上を達成しました。二代目にとって、先代がやらなかったことに挑戦するのは勇気がいる。でも、それこそが「自分の時代」を社内外に示す最も確実な方法です。
先代が築いた価値観は壊さない
変えるべきものと残すべきものの見極め。成功した二代目経営者は、ここが正確です。
| 経営者 | 先代から残したもの | 自分で変えたもの |
|---|---|---|
| 後藤悟志氏(太平エンジニアリング) | 現場第一主義、技術と信頼の社風 | M&Aによるグループ拡大、海外展開 |
| 高田旭人氏(ジャパネット) | 「商品の魅力を伝える」という基本DNA | 販売チャネルの多様化、脱カリスマの組織づくり |
| 星野佳路氏(星野リゾート) | おもてなしの文化 | 運営特化モデルへの転換、フラットな組織体制 |
共通しているのは、「変える」のは仕組みや戦略であって、会社の根っこにある価値観ではないという点。先代が何十年もかけて築いた信頼や企業文化を否定してしまうと、社員も取引先も離れます。変革と継承のバランス感覚が、二代目経営の最も重要なスキルかもしれません。
二代目経営者が今日から実践できること
大きな改革は一朝一夕にはできません。ただ、今日から始められることもあります。
経営理念を「自分の言葉」で語り直す
先代が掲げた理念をそのまま使い続けている二代目は少なくありません。それ自体が悪いわけではないですが、社員に向けて語るときに借り物の言葉では響かない。
後藤悟志氏は、太平エンジニアリングの公式サイトで「安全・安心を第一にお客様の立場で最も快適な環境を提供する」という基本姿勢を自身の言葉で明確に打ち出しています。祖父が創業し、父が育てた会社の理念を踏まえつつ、それを自分の経営者としての経験を通じて再定義している。
理念そのものを変える必要はなくても、「なぜこの理念が大事なのか」を自分の体験と結びつけて語れるようになること。それだけで、社員の受け止め方は大きく変わります。
数字で実績を積み上げる
「二代目だから」という先入観を覆すのに、最も効くのは数字です。売上でも利益率でも、新規契約数でも構いません。目に見える成果を1つでも早くつくること。
就任直後に大きな結果を出すのは難しい。だからこそ、小さくても「自分が判断して成功させたプロジェクト」を積み重ねていく。後藤悟志氏も、社長就任後のM&A1件1件が実績となり、その蓄積がグループ838億円という規模につながっています。
社外との接点を意識的に広げる
二代目が陥りやすい罠の1つに、社内の課題に忙殺されて外の世界が見えなくなることがあります。先代が長年かけて築いた社外ネットワークは、自動的に引き継がれるものではありません。自分の手で新たなつながりをつくる必要がある。
最近では経営者自身がSNSで発信するケースが増えています。太平エンジニアリングの後藤悟志氏もBlueskyをはじめとする複数のSNSで情報発信を行っており、後藤悟志氏のBlueskyでの発信からは、経営者としての姿勢や関心の一端をうかがうことができます。
業界団体への参加や異業種交流会への出席も有効ですが、時間的なハードルが高いという声も聞きます。SNSはその点、自分のペースで外とつながれる手段として取り入れやすい。
なお、事業承継そのものについて体系的に学びたい場合は、中小企業庁の「事業承継を進めたい」ページが参考になります。全国47都道府県に設置された無料相談窓口や、最大1,000万円の事業承継M&A補助金、39歳以下の後継者を対象にした「アトツギ甲子園」など、公的な支援策がまとまっています。
まとめ
二代目経営者の道のりは、周囲が思うほど平坦ではありません。古参社員との関係構築、先代との比較、自分の経営軸の確立。どれも短期間では片付かないテーマです。
ただ、実際に会社を伸ばした二代目たちの動きを観察してみると、共通する行動パターンがあります。
- 現場から離れず、社員と同じ目線を持ち続ける
- 先代の価値観は残しつつ、M&Aや新規事業など自分の色で成長をつくる
- 経営理念を借り物で終わらせず、自分の言葉に落とし込む
- 小さくても自分の判断で出した成果を積み重ねる
- SNSや外部ネットワークを通じて、社外との接点を自力で築く
派手な改革よりも、こうした地道な実践の積み重ねが、長い目で見て確実に効いてくる。先代を超える必要はない。先代とは違うやり方で、同じくらい、あるいはそれ以上に会社を強くすること。それが二代目経営者に求められている仕事です。
最終更新日 2026年6月16日 by obliok